すっきりとした暗い背景に描いた、現代的な3Dの人間の脳の医学イラスト。良い習慣で前頭前野と海馬が明るく光り、習慣が根づくにつれて前頭前野の光が赤い大脳基底核へ移っていく前向きな変化を表しています。

年をとっても記憶力が保たれる理由は?年齢とともにオンになる酵素があった

年をとっても記憶がはっきりしている人の脳では、脂質を分解する酵素PLA2G2Fがより活発に働いていました。2026年10月にNature Neuroscienceに掲載された研究から、海馬の「非常用発電機」がどのように記憶を守るのかをひもとき、今日から海馬をいたわる3ステップの習慣をまとめました。

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記憶を守る脳の非常用発電機

  1. 1状況

    記憶を守る脳の非常用発電機 · 4コマ漫画 1コマ目(状況): バッテリーが空になったまま机にもたれて座る人。 “最近どうしてこんなに忘れっぽいんだろう…” 年をとると記憶がぼやけるといわれますが、最後まで踏みとどまる脳もあります。その差はどこから来るのでしょう?

    最近どうしてこんなに忘れっぽいんだろう…

    年をとると記憶がぼやけるといわれますが、最後まで踏みとどまる脳もあります。その差はどこから来るのでしょう?

  2. 2脳科学の原理

    記憶を守る脳の非常用発電機 · 4コマ漫画 2コマ目(脳科学の原理): 脳の老廃物が道に沿って流れ出していく絵。 “非常用発電機、始動!” マウスの実験では、海馬の神経細胞が出す酵素PLA2G2Fが、ミクログリアの脂肪滴と炎症を減らしました。(Nature Neuroscience、2026)

    非常用発電機、始動!

    マウスの実験では、海馬の神経細胞が出す酵素PLA2G2Fが、ミクログリアの脂肪滴と炎症を減らしました。(Nature Neuroscience、2026)

  3. 3実践

    記憶を守る脳の非常用発電機 · 4コマ漫画 3コマ目(実践): 軽く走る人。 “歩いて、眠って、学ぶ” 週3回の早歩き、7時間の睡眠、新しい学び。海馬が働ける環境をつくります。

    歩いて、眠って、学ぶ

    週3回の早歩き、7時間の睡眠、新しい学び。海馬が働ける環境をつくります。

  4. 4変化

    記憶を守る脳の非常用発電機 · 4コマ漫画 4コマ目(変化): 二つの神経細胞がしっかりとつながる瞬間。 “つながりはまだ丈夫!” 配線が切れていない脳は、年をとっても記憶をつかんで離しません。歩くこと、睡眠、新しい学びで、海馬が働きやすい環境をつくれます。

    つながりはまだ丈夫!

    配線が切れていない脳は、年をとっても記憶をつかんで離しません。歩くこと、睡眠、新しい学びで、海馬が働きやすい環境をつくれます。

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  1. 1コマ目・状況 絵バッテリーが空になったまま机にもたれて座る人 ふきだし「最近どうしてこんなに忘れっぽいんだろう…」
  2. 2コマ目・脳科学の原理 絵脳の老廃物が道に沿って流れ出していく絵 ふきだし「非常用発電機、始動!」
  3. 3コマ目・実践 絵軽く走る人 ふきだし「歩いて、眠って、学ぶ」
  4. 4コマ目・変化 絵二つの神経細胞がしっかりとつながる瞬間 ふきだし「つながりはまだ丈夫!」

📌 要点まとめ

ひとことで答えると: 年をとっても記憶がしっかりしている脳では、海馬の神経細胞がPLA2G2Fという酵素を多くオンにしていました。マウスでこの酵素をなくすと記憶が落ち、高めると年をとったマウスの記憶が守られました。ただし人で効果が証明されたわけではなく、この酵素を増やす薬やサプリメントもありません。いまできるのは、ウォーキング、睡眠、新しい学びで海馬が働きやすい環境をつくることです。

  • 2026年10月にNature Neuroscienceに掲載された研究で、記憶の入り口である海馬の神経細胞が、年をとるほど脂質を分解する酵素PLA2G2Fを多くつくることがわかりました。研究チーム(米国マサチューセッツ総合病院のアマル・サハイ教授ら)は、これを脳が自らオンにする「代償的な認知レジリエンスの仕組み」と呼んでいます。
  • マウスでこの遺伝子をなくすと、脳の炎症と神経細胞の損傷がひどくなり、記憶テストの成績が下がりました。逆に働きを高めると、シナプスが守られ、炎症が減り、高齢マウスの記憶スコアが上がりました。
  • 13人分のヒトの脳を分析した結果でも、この酵素の活性は年齢とともに高まり、アルツハイマー病に関わるアミロイドβがたまっていても認知機能を保っていた人で最も高くなっていました。

💬 「冷蔵庫の前で立ち止まるとき、脳はただ老いていくだけ?」

冷蔵庫の扉を開けたまま「何を取りに来たんだっけ」と立ち止まったことは、きっとあるはずです。名前が喉まで出かかっているのに出てこない、さっき聞いた話を思い出せない。そんなとき、私たちはそっと思います。「私も年をとったんだな」と。

けれど周りを見渡すと、不思議な人たちがいます。八十歳を過ぎても孫たちの誕生日をひとつも間違えないおばあさん。退職後も新聞のコラムをすらすらと暗唱するご年配の方。同じ年月を過ごしてきたのに、なぜ最後まで踏みとどまる脳があるのでしょうか。

今回の研究は、その問いにひとつの手がかりを示しました。踏みとどまる脳の中では、非常用発電機が回っていたのです。

Deep Dive:海馬がこっそりオンにしておく非常用発電機

1. 年をとると、海馬のどこが先に弱るのか

新しい記憶は、脳の奥深くにある海馬を経て保存されます。なかでも海馬の入り口にあたる歯状回は、似た経験どうしを混同しないよう区別してくれる場所です。昨日車を停めた場所と今日停めた場所を別々に覚えていられるのも、ここのおかげです。

問題は、この歯状回が老化にとりわけ弱いことです。年をとると、神経細胞どうしをつなぐ電線、つまりシナプスが一本、また一本と切れはじめます。研究チームはここで問いを立てました。「シナプスが切れるとき、脳はただやられるままなのか。それとも、立ち向かう装置をオンにするのか」。

2. シナプスが途切れるとき、脳は何をオンにするのか

研究チームは、シナプスが失われるときに歯状回の神経細胞で新たに増える物質をくまなく探しました。そうして見つかったのがPLA2G2Fという酵素です。細胞膜をつくる脂質(リン脂質)を切り分ける「分泌型ホスホリパーゼ」の一種です。

興味深いのは、この酵素が年をとるほど多くつくられるということです。大きなビルで停電が始まると地下の非常用発電機がひとりでに回りだすように、老化で配線が切れはじめると、海馬が自らこの発電機をオンにしているわけです。研究を率いたサハイ教授は、これを「代償的な認知レジリエンスの仕組み」と表現しました。

3. この酵素を止めたり高めたりすると、記憶はどうなるのか

研究チームはマウスの歯状回でこの遺伝子を直接オフにしたり、逆に強く働かせたりしました。

実験脳で起きたこと記憶
PLA2G2Fをなくしたマウスシナプスの喪失が増加、炎症性ミクログリアの増加、アストロサイトの過剰な活性化、新しい神経細胞の生成低下、脂質代謝の乱れ中年期から記憶テストの成績が低下
PLA2G2Fを高めたマウスシナプスが保たれ、炎症性ミクログリアとグリアの活性化が減少高齢マウスの記憶スコアが上昇し、認知機能の低下カーブそのものがゆるやかに
アルツハイマー病モデルマウスで高めた場合アミロイドの蓄積が減少記憶力が改善

発電機を止めると停電は早く広がり、発電機を強く回すと明かりは長く灯りつづけました。

4. この酵素はどうやって神経細胞を守るのか

では、この発電機はどうやって電気を届けるのでしょうか。鍵を握っていたのは、脳の掃除係であり免疫細胞でもあるミクログリアでした。

PLA2G2Fが海馬を守るという研究を歩くことと合わせて読みたいなら、続けて歩く研究と並べてどこまで確かめられたかを整理したPLA2G2Fと続けて歩く研究へどうぞ。

年をとった脳のミクログリアには、脂肪滴(リピッドドロップレット)が少しずつたまっていきます。2020年にNature Neuroscienceに掲載された別の研究は、こうして油汚れのついたミクログリアが掃除をうまくこなせず炎症物質ばかり出す、故障した状態にあることを示しました。油で詰まった換気扇のフィルターが、風は送れず音だけ立てているようなものです。

今回の研究では、神経細胞が放出したPLA2G2Fがミクログリアに信号を送り、この脂肪滴を減らしていました。フィルターがきれいになった掃除係は再び仕事に戻り、炎症という雑音は静まり、そのおかげでシナプスという電線が切れにくくなります。神経細胞が隣の掃除係をいたわり、その掃除係がまた神経細胞を守る、やさしい循環です。

5. 人の脳でも同じことが起きるのか

研究チームは13人分のヒトの脳組織も調べました。この酵素の活性は年齢とともに高まり、とくにアルツハイマー病に関わるタンパク質アミロイドβが脳にたまっていたにもかかわらず、生前に認知機能をよく保っていた人で最も高くなっていました。

病気の痕跡があるのに症状が現れないこの現象を、科学者たちは以前から認知予備能(コグニティブ・リザーブ)と呼んできました。今回の研究は、その「予備電力」の一部がどんな分子でできているのかを示したといえます。研究に参加していないヴァンダービルト大学の神経科学者ティモシー・ホーマン氏は、「何が神経細胞を守っているのかを突き止める、とても思慮深いアプローチだ」と評価しています。

6. この結果からどこまで言えるのか

正直にお伝えしておくべきことがあります。この酵素の活性を高めればヒトの記憶喪失や認知症を防げるかどうかは、まだ証明されていません。ヒトのデータは13人分という小さな標本で、因果関係ではなく関連を示すものです。また、この酵素を直接高める薬やサプリメントは存在しません。もしこの酵素を増やすとうたう製品を見かけても、注意してください。

ですから、この研究が私たちに伝える本当のメッセージは「この酵素を探して摂ろう」ではなく、「脳は老化を前にただ崩れるのではなく、自ら立ち向かう装置を持っている」という事実です。そして私たちにできるのは、その装置が働きやすい環境を整えることです。

確認クイズ

PLA2G2Fの研究で、まだ確かめられていないのはどれでしょうか?

解決策:海馬を守る3ステップ

以下の方法は、PLA2G2Fを直接高めると確認されたものではなく、海馬の健康と認知予備能を守ることが他の研究で繰り返し確かめられてきた習慣です。非常用発電機が長く持ちこたえられるよう、ビル全体の電力事情をよくすることだと考えてください。

  1. 海馬に燃料を入れる:週3回、40分の早歩き。 55〜80歳の成人120人が1年間、週3回のウォーキングを続けたところ、海馬の体積が約2%大きくなり、ストレッチだけを行ったグループはむしろ約1.4%小さくなりました(PNAS、2011)。海馬は運動に正直に応える発電機です。少し息が上がって、歌は歌えないけれど会話はできるくらいの強さで十分です。
  2. 掃除係に勤務時間をあげる:7時間以上眠る。 眠っているあいだは脳細胞のすき間が広がり、アミロイドβのような老廃物が起きているときよりずっと速く洗い流されます(Science、2013)。ミクログリアに油汚れをためないいちばん安上がりな方法は、睡眠です。寝る1時間前には画面の明るさを落としましょう。
  3. 予備の配線を敷いておく:毎日ひとつ、なじみのないことを学ぶ。 教育、人とのつながり、新しい学びが多い人ほど、脳に病変があっても症状が遅れて現れる、というのが認知予備能研究の核心です(Lancet Neurology、2012)。いつもと違う道で帰る、外国語の単語を五つ覚える、初めての料理をつくってみる。慣れないことが新しい配線を敷きます。

まず、いまの生活をチェックしてみましょう。選んだ項目ごとに、すぐ試せることをお伝えします。

セルフチェック

わたしの海馬は働きやすい環境?

当てはまる項目を押してみてください。

診断ツールではなく、生活を振り返るためのチェックリストです。記憶力の低下が日常生活に支障をきたすほどなら、もの忘れ外来や神経内科で検査を受けてください。何も保存されません。

ステップ方法どのくらい海馬で期待できること
1. 燃料早歩き週3回、40分海馬の体積の維持・増加、記憶力の改善
2. 掃除十分な睡眠毎日7時間以上老廃物の排出、ミクログリアの負担軽減
3. 予備の配線新しい学び、人との会話毎日ひとつ認知予備能の拡大、症状の出現を遅らせる

結論

冷蔵庫の前で立ち止まる瞬間が増えても、脳がただ崩れていくわけではありませんでした。研究が示したのは、シナプスが途切れ始めると、年をとった海馬がPLA2G2Fという酵素をオンにして自分で立ち向かうということでした。ただし、まだマウスと少数の人の脳から得られた結果で、この酵素を増やす薬やサプリメントはありません。私たちにできるのは、ウォーキング、睡眠、新しい学びで海馬が働きやすい環境をつくることです。今日は、早歩きの時間をつくるところから始めてみてください。

よくある質問

PLA2G2Fを増やす食べ物やサプリメントはありますか?

現時点ではありません。今回の研究はマウスの脳に遺伝子を直接届けて酵素を高める方法で、ヒトに応用できる方法はまだ開発されていません。研究チームが関連する特許を持っているため、今後治療研究が続く可能性はありますが、それまでは「PLA2G2Fブースター」といった言葉をつけた製品には科学的根拠がないと考えてよいでしょう。いまできる最善のことは、上の3ステップのように海馬が働きやすい環境をつくることです。

物忘れが増えてきました。認知症の始まりでしょうか?

名前がとっさに出てこない、物を置いた場所を忘れるといったことは、年齢とともによくあることで、ほとんどは認知症とは関係ありません。ただし、慣れた道で迷う、同じ質問をくり返す、日常生活に支障が出るほどであれば、かかりつけ医やもの忘れ外来で検査を受けることをおすすめします。今回の研究が示すように、脳に変化があってもそれに耐える力は人によって違い、早く知るほどできることも増えます。

参考文献

  • Memory stays strong in old age when this brain enzyme is active. (2026, October 16). Nature (News). doi:10.1038/d41586-026-03303-9
  • Vicidomini, C., Goode, T. D., McAvoy, K. M., … Sahay, A. (2026). An aging-sensitive secreted phospholipase confers neuroprotection and cognitive resilience. Nature Neuroscience(2026年10月15日オンライン掲載)。プレプリント:bioRxiv(2024年)、doi:10.1101/2024.07.26.605338。 doi:10.1038/s41593-026-02465-z
  • Marschallinger, J., Iram, T., Zardeneta, M., … Wyss-Coray, T. (2020). Lipid-droplet-accumulating microglia represent a dysfunctional and proinflammatory state in the aging brain. Nature Neuroscience, 23, 194–208. doi:10.1038/s41593-019-0566-1
  • Erickson, K. I., Voss, M. W., Prakash, R. S., … Kramer, A. F. (2011). Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. PNAS, 108(7), 3017–3022.
  • Xie, L., Kang, H., Xu, Q., … Nedergaard, M. (2013). Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science, 342(6156), 373–377.
  • Stern, Y. (2012). Cognitive reserve in ageing and Alzheimer’s disease. The Lancet Neurology, 11(11), 1006–1012. doi:10.1016/s1474-4422(12)70191-6

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免責事項

この記事は学術研究にもとづく一般的な健康情報であり、医学的な診断や治療に代わるものではありません。紹介した研究の主な結果は動物実験と少数のヒト脳組織の分析にもとづいており、ヒトでの治療効果はまだ確認されていません。記憶力の低下が心配な方や、持病があって新しい運動を始めようとしている方は、まず医療専門家に相談してください。

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