1年間歩いただけで海馬が大きくなった

高齢者120人を対象にしたランダム化実験で、有酸素ウォーキングを1年間続けたグループは、記憶を担う海馬の体積が約2%増えました。運動が脳を変えるしくみと、仕事帰りにできる実践法をまとめます。

時間帯
18:30 仕事帰りのウォーキング
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脳科学トピック
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4コマで先に見る

1年歩いたら海馬が大きくなった

  1. 1問題

    うなだれた疲れた人と、ほとんど空になった電池

    物忘れが増えて…

    年をとるにつれ、記憶を担う海馬は毎年少しずつ縮んでいきます。

  2. 2しくみ

    日差しの下、木のそばを歩く人

    ウォーキング vs ストレッチ

    PNASの研究:1年間の有酸素ウォーキングで海馬が約2%大きくなりました。

  3. 3実践

    軽やかに走る人と動きの線

    ひと駅前で降りる

    帰り道にひと駅分歩いてみましょう。毎日同じ時刻に結びつければ習慣になります。

  4. 4変化

    脳の上から芽が出てくる図

    記憶が育つ

    運動はBDNFを増やし、海馬の神経のつながりを助けます。

年をとると脳が少しずつ縮んでいくことは、よく知られています。とくに新しい記憶をつくるうえで重要な海馬は、中年以降、毎年少しずつ体積が減っていく傾向があります。では、この変化はただ受け入れるしかないのでしょうか。2011年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたある研究は、この問いにかなり励みになる答えを示しました。

実験:ウォーキングのグループとストレッチのグループ

研究チームは、ふだんほとんど運動をしていなかった高齢者120人を、無作為に2つのグループに分けました(Erickson ほか, 2011)。一方のグループは1年間、週に3回、少し息がはずむくらいの有酸素ウォーキングを行い、もう一方のグループは同じ回数だけストレッチと筋肉をほぐす運動を行いました。実験の前後には、MRI で海馬の体積を測り、記憶力のテストを行いました。

1年後の海馬の体積の変化:有酸素ウォーキングのグループは約2パーセント増加、ストレッチのグループは約1.4パーセント減少 約 +2.0% 有酸素ウォーキング 約 −1.4% ストレッチ 0 1年後の海馬前部の体積の変化(Erickson ほか, 2011)
2つのグループの海馬の体積の変化を単純化した図。ストレッチのグループの減少は、年齢によって予想される自然な減少に近いものでした。

1年後の結果ははっきりしていました。有酸素ウォーキングのグループは海馬の前部の体積が平均で約2%増え、ストレッチのグループは約1.4%減りました。研究チームは、この増加が加齢による減少を1〜2年ほど巻き戻したのと同じくらいの規模だと解釈しました。また、体力がより向上した人ほど海馬の体積もより大きく増え、海馬の体積の増加は空間記憶の成績の向上とも関連していました。

運動はどのように脳を変えるのか

研究チームがあわせて注目したのは、脳由来神経栄養因子(BDNF)です。BDNF は神経細胞の生存と成長、シナプスの変化を助けるタンパク質で、ウォーキングのグループでは海馬の体積の増加が、血中の BDNF 濃度の上昇と関連していました。動物研究では、有酸素運動が海馬で新しい神経細胞が生まれる過程を促すという結果も繰り返し報告されています。ただし、人の脳でこの過程がどの程度起きているのかは、まだ研究が続いているテーマです。

この研究を読むときに覚えておきたいこと

  • 参加者は55〜80歳の高齢者でした。若い成人でも同じ大きさの効果が現れると断定することはできません。
  • 比較の対象が「何もしない」ではなく「ストレッチ」だったことは、この研究の長所です。人と会い、予定に参加すること自体の効果を、ある程度取り除けるからです。
  • その後、多くの研究をまとめた分析では、運動が海馬の体積に与える効果の大きさについて、結果が分かれることもありました。一本の研究ではなく、少しずつ積み重なっていく根拠として受け止めるのがよいでしょう。

今日の実践

  1. 帰り道、ひと駅分歩いてみましょう。 研究の運動は、特別な道具のいらないウォーキングでした。会話はできるけれど、歌うのは難しいくらいの速さが目安です。
  2. 週3回、40分を目標に少しずつ伸ばしましょう。 研究の参加者も、最初は10分ほどから始めて、数週間かけて時間を延ばしていきました。
  3. 毎日同じ場面に結びつけましょう。 「帰宅して靴を履き替える前に近所をひと回り」のように、毎日必ず起こる場面のあとにウォーキングを結びつけると、習慣として定着しやすくなります。
  4. 記録は気分ではなく数字で。 歩いた時間と距離を書いておけば、2〜3か月後に体力の変化を自分で確かめられます。

持病がある方や、長いあいだ運動をしていなかった方は、運動の強度を上げる前に医師にご相談ください。

参考文献

  • Erickson, K. I. et al. (2011). Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(7), 3017–3022.
  • Hillman, C. H., Erickson, K. I., & Kramer, A. F. (2008). Be smart, exercise your heart: exercise effects on brain and cognition. Nature Reviews Neuroscience, 9(1), 58–65.

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